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書評コーナー
ラジオドラマ 『コメットイケヤ』 寺山修司天賦の才
 この間、寺山修司のラジオドラマ、さらばサラトガについて書いたが、今回は、ラジオドラマ コメットイケヤについて書こうと思う。

 主人公は、お風呂屋(銭湯)の二階に住んでいる盲目の少女である。この子は、ラジオを聴きながら、見えない目で、色々なものを見ようとしている。ラジオから、浜松のピアノ技師池谷さんが、明け方に彗星を発見し、発見者の名をとりイケヤ彗星と名付けられたニュースが飛び込んでくる。

 そして、池谷さん本人と少女が語り合うナレーションが流れる。
 「彗星は、見えると思ったら見える、見えないと思ったら見えない」と、池谷さんは語る。少女は自分にも彗星が見えると思い始める。彼女は池谷さんに、「ピアノが弾けるの?」と訊ねる。池谷さんは、ピアノの鍵盤を作ってはいるが、弾けないと返事をする。

 ここを膨らませただけなら、寺山修司でなくともよい。ドラマは、ここで、少女のラジオから流れる『失踪したサラリーマン』のニュースを舞台化させる。ここに、寺山の天賦の才をみることができる。少女は、彗星と失踪したサラリーマンとの間に関係があると思う。何かが現れれば、何かが消える、この世界のものはみな、相互に関係がある、それが少女の存在感覚である。

 わたしという語り手の人物は、サラリーマンの失踪のニュースを新聞で読んで、妙に引っかかるものを覚える「ある」男性である。彼は、そのサラリーマンの家を訪ね、妻に会う。
 そのサラリーマンは、職場で「公園」と、揶揄的にあだ名されていた。昼休みに毎日公園に行き、ハトに餌をやるのが日課だった。皆は「公園がいなくなった」と笑う。妻は、「公園」の夫に3,000円を貸していてそれを返してほしいと言う男が訪ねてきた話をする。そして、その話を聞いていると、夫が3,000円の人でしかなかったような気がしてきた、と語り手につぶやく。

 物語は、お能の朗読をバックに、「失踪宣告」の話になる。なんでも、失踪して7年経つと、その人は亡くなったものとみなされるそうだ。「もし、7年経過後に本人が帰ってきたらどうなるの?」との問いに、役所は、「その場合、彼は生きていながら死んでいるという身分だ」と答える。

 この作品は、ラジオというメディアに対する寺山の愛惜が生んだ傑作である。
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Nov.2018
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