the book-review columns

書評コーナー
Top Gun 懐かしのレトロゲーム
オンライン対戦のゲームが全盛の今日この頃ですが、今回はわたくしのささやかな趣味である、レトロゲームについて書こうと思う。

わたくしが使っているレトロゲームのハードウェアは、任天堂の初代ファミコンです。

ソフトは、カセットのみ。回転ベルトが摩耗し、ディスクは使えません。

持っているテープの主なものは、
Top Gun
井出洋介の実戦麻雀
ボクシング 2つ
ファミリーテニス
ファミリースタジアム 野球
Star Wars

などなどです。

今回は、Top Gun について。このゲームは、300円くらいで、ハードオフで買いました。

さっそく、プレイしたところ、これがむずかしいんだよね。

構成は単純で、こちらの戦闘機が、空母から離陸して、ミサイルで敵国の戦闘機を撃ち落とし、空母に帰ってくれば、次のよりむずかしいミッションに進めるというもの。

ところが、空母に無事帰還するのは至難の業なのだ。

まず、敵国の戦闘機をそれ相応に撃ち落とさなければ、空母の甲板へと降下する、ランディングシークエンスに入れない。
ミサイルは種類あり、わたしは、3番目のミサイルがお気に入りです。
敵機を撃ち落とす画面は、3回 までできる。
1、2回目はどんなにうまく敵機を撃ち落としても、爆破される。3回目で、今までが良ければ、ランディングシークエンスとなる。
戦闘機は高度を下げ、空母の甲板を目指す訳だが、このランディングは、ネット上の紹介、攻略サイトが口を揃えて言うように、至難の業である。

空母に近づく際に、スピードダウン、アップという司令が出るが、最初はリモコン操作が分からなかった。ダウンは、⇩キーとAボタン、アップは、その逆。right 、left という指示も出るが、これは⇨、⇦でオーケー。

何回やっても、手前の海にドボン、向こう側の海にドボンだったが、先日、ようやくランディングに成功! コツは、空母の手前、衝突ギリギリに滑りこむことだ。

限りなくアナログに近いレトロゲーム。癒されるね。

一眼レフカメラ、オーディオ、サウナと、アナログファンの自分ですが、iPad系も大好き。
この記事もiPad で書いています。
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「死の島」を読む

今年最後のブログは、何にしようか迷ったが、やはり、10月にわたしがKindle本として出版した評論、「死の島を読む」についてと、原作である「死の島」について少し書こうと思う。

わたしが、福永武彦の「死の島」を初めて読んだのは高校生の時だった。「草の花」を暗記するほど読んだ後に触れた福永の小説が「死の島」だった。
大学に入り、福永は教授であったが、1、2年の一般過程が終わり、3年になったら、福永の授業に出たいと思っていた。しかし、わたしが3年になった時には、福永は既に病床にあり、講義を受けるという夢はついに叶わなかった。

「死の島」は、雷撃のようにわたしを魅了した。日本文学の小説を読んで、こんなに引きずり込まれる体験は初めてだった。漱石でもここまで震撼させたことはなかった。

大学を卒業して、金融機関に就職し、原稿を書く時間は無かった。就寝前に30分好きな本を読むことがせいぜいの生活は、長く続いた。

独立して保険代理店を立ち上げ、ようやく原稿を書く時間が少し取れるようになった。
「死の島」を貪り読んだことは言うまでもない。そして、わたしがどのように読んだか、読者に伝えたくなった。
その結果が、Kindle本の「死の島を読む—女主人公のアイデンティティー演繹の試み」である。なぜなら、「死の島」は、女主人公である、萌木素子の謎を書いた作品だからである。

洋画家である素子は、被爆者である。白血球が少なく、色白の素子は、被曝という爪痕で存在のコアの部分を規定されてしまっているが、自分に好意を寄せている相馬鼎と出会うことによって、閉ざされた心を開こうとする。素子と同居している相見綾子、この3人を中心に物語は展開してゆく。詳しくは、原作に逝かれたい。

わたしが、一番書きたかったのは、萌木素子とは誰なのかという設問である。わたしの読みは、萌木素子の背後にある、福永の潜在思想を辿ることだった。福永が幼い頃死別した母、そして神、福永自身すなわち分身などなどである。潜在思想はフロイトの領分なので、フロイトに礎を与え、フロイトの優れた読み手であるデリダのレクチュールに主に依拠しつつ、論を展開したつもりである。
アマゾンKindleで、99円なので、福永の原作とともに、読んでいただければ、これ以上の歓びはありません。

付記:年が明ける頃には、作曲家の上松明代さんが、「死の島 萌木素子のテーマ---若さのもつ悲劇的な美」というタイトルのテーマ曲を、ネットにアップしていただける予定になっていますので、そちらも愉しみにしていてください。
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Around my digital book “Summer Patients” from the author
I published a digital book titled “Summer Patients:Exit from a shut in” about two weeks ago.
As an author, I will make some notes behind the scenes.

Writing the manuscript went back three years.
When I was a school boy, my father worked for an US air base as an interpreter. There was a carnival in the summertime. It was one of the marvelous memories in my childhood. The carnival in the story refined these memories.

The story of my digital book describes an event of a young man and woman in one summer. Carnival not in the US air base, but in the wood where he and she live in nearby.

Recently, there is a social problem of a shut in. Especially in younger age, situations seem to be serious.

No matter it is even a dream, I wrote my short story how they were trying to reach an exit from their shut in.

After writing the manuscript, about three years passed. Then I came across the non-fiction book of K.Okahara titled “Ibasyo.” There were documents of five girls suffering from self-harm in the situations of a shut in. I realized my short story still may have a life.
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酷暑の中の凉---白黒写真の紫陽花








こんなに暑くなる前に、近くのお寺の紫陽花を見に行きました。

今回は、カラー写真ではなく、白黒で撮ってみる。

みなさんは、この紫陽花が何色か当てられますか?

かざぐるまの陰に、小さいお地蔵さんがあるのが見えますか?
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ラジオドラマ 『コメットイケヤ』 寺山修司天賦の才
 この間、寺山修司のラジオドラマ、さらばサラトガについて書いたが、今回は、ラジオドラマ コメットイケヤについて書こうと思う。

 主人公は、お風呂屋(銭湯)の二階に住んでいる盲目の少女である。この子は、ラジオを聴きながら、見えない目で、色々なものを見ようとしている。ラジオから、浜松のピアノ技師池谷さんが、明け方に彗星を発見し、発見者の名をとりイケヤ彗星と名付けられたニュースが飛び込んでくる。

 そして、池谷さん本人と少女が語り合うナレーションが流れる。
 「彗星は、見えると思ったら見える、見えないと思ったら見えない」と、池谷さんは語る。少女は自分にも彗星が見えると思い始める。彼女は池谷さんに、「ピアノが弾けるの?」と訊ねる。池谷さんは、ピアノの鍵盤を作ってはいるが、弾けないと返事をする。

 ここを膨らませただけなら、寺山修司でなくともよい。ドラマは、ここで、少女のラジオから流れる『失踪したサラリーマン』のニュースを舞台化させる。ここに、寺山の天賦の才をみることができる。少女は、彗星と失踪したサラリーマンとの間に関係があると思う。何かが現れれば、何かが消える、この世界のものはみな、相互に関係がある、それが少女の存在感覚である。

 わたしという語り手の人物は、サラリーマンの失踪のニュースを新聞で読んで、妙に引っかかるものを覚える「ある」男性である。彼は、そのサラリーマンの家を訪ね、妻に会う。
 そのサラリーマンは、職場で「公園」と、揶揄的にあだ名されていた。昼休みに毎日公園に行き、ハトに餌をやるのが日課だった。皆は「公園がいなくなった」と笑う。妻は、「公園」の夫に3,000円を貸していてそれを返してほしいと言う男が訪ねてきた話をする。そして、その話を聞いていると、夫が3,000円の人でしかなかったような気がしてきた、と語り手につぶやく。

 物語は、お能の朗読をバックに、「失踪宣告」の話になる。なんでも、失踪して7年経つと、その人は亡くなったものとみなされるそうだ。「もし、7年経過後に本人が帰ってきたらどうなるの?」との問いに、役所は、「その場合、彼は生きていながら死んでいるという身分だ」と答える。

 この作品は、ラジオというメディアに対する寺山の愛惜が生んだ傑作である。
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『Ibasyo存在の証明』 岡原功祐 写真家のモラル
 この本を買ってから数ヶ月が経つ。そして、今日まで、この本はわたしの居場所であった。

 私はごく若い頃、自傷行為の経験がある。

 今月初旬に、母親がコンビニで倒れ、救急搬送された。危なかった。私は、毎日病院に行き、オレンジを搾ったり、茹で卵を持って行ったりしていた。

 母親は私の自傷行為で深く心が傷つき、わたしが独立して家を出るまで、心身ともに支えてくれた存在であった。
 就寝前に、何回も、『Ibasyo』を読み続けた。
 母親は、奇跡的に回復し、月末に退院できることになった。

 『Ibasyo』は、取材とは、そして人を写真に撮ることはどういう行為なのかを、目の覚める想いで教えてくれた。
 同書から引用しよう。
「実際に取材を始めるまでには時間がかかった。最後まで取材をすることができるのか。途中で難しくなり、投げ出すことにならないか。傷を負った人たちに「あなたたちのことを知りたい」と言いに行くのだ。」

 著者は、出版を諦めかけ、読んでくれた人たちが書き込みできるようにして、取材をした6人分の手製本を作る。その本たちは、世界中を廻り、様々な書き込みとともに還る。

 著者は、取材をするうちに、彼女たちと「友達のような存在」になっていく。
 本書で問われているのは、「誰かの役に立ちたい」と手をあげた彼女たちに対する、写真家のモラルである。そして、本書に無駄な言葉はひとつもない。

 わたしが、以前論じた、かの藤原新也氏も、『Ibasyo』の前では、木の葉のように弾き飛ばされる。藤原氏の写真家としての生命は、おそらく『南冥』あたりで終わっており、『東京漂流』の印税で、ローストビーフを食べることが自慢の自閉的写真家に過ぎない。
岡原氏が、もし『全西洋街道』を書いたなら、キャンピングカーではなく、おそらくグレイハウンドバスでアメリカを巡ったことであろう。

 個別名を表明することは差し控えさせていただくが、今回、母の入院に際し、救急車を呼んでいただいたコンビニの従業員の方々、最初に診ていただいた非常勤の医師の方、看護師の方たち、そして継続して診ていただいた病棟の方たちに心からお礼を申し上げます。
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春の花----露出とシャッタースピード
写真のブログが多くなってしまったが、今年も近くの花々を撮影してきた。
被写体の性質、外光の多さ、によって、いくら適正露出と適正シャッタースピードと思っても、異なる写真ができあがるのがわかった。


これは、満開の桜だが、28mm広角、F8、1/125で撮影したもの


こちらは、F5.6、1/250 で撮影

単体露出計でわたしの持っているものは、シャッタースピード優先のタイプです。
わたしはマニュアル撮影ですが、このとき、どちらも、露出計とカメラのF値は等しかった。
上の写真のほうが、F値が高いので、空の青が鮮やかで、しかしその分、桜の花の明るさは抑え目である。
下のは、被写界深度が浅いので、空の青は控えめだが、花々は外光たっぷりの明るい印象を受ける。より、望遠に近い感覚になる。
どちらが好みかは、それぞれの撮影者の選択でしょう。


これは、暗いため、カメラ側の露出が計測外になっていたのを、露出計の指示が
F2.8なら1/60で撮れるとあったので、それで撮影したもの。


違う明るい時間帯に、Autoで。

ヒヤシンスです。
上のは、ほぼ、適正露出になっています。
下のは、カメラのTTL Autoの感知が、葉の辺でなされているのか、ちょっと明るすぎる印象を受けます。

てな訳で、次回は、ラジオドラマ『コメット・イケヤ』について書く予定です。
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仙台旅行
2018年2月中旬に、2泊3日で、仙台市と、松島、秋保温泉を訪れた。
パッケージではなく、宿や列車を自分で決める自由旅行であった。

写真の技術を試したかったので、ブログに載せます。

カメラは、ジュラ紀のPENTAX−LX、フィルムは、ISO50のリバーサルです。

今回の写真で分かったことは、単体露出計の指示通りに写すのが、最適の露出が得られることでした。
下記の写真は、露出計の指示通りのものと、そうでないものがあります。

 仙台駅西口

 仙石線より東塩釜の海を臨む

 松島海岸 出会い橋

 松島海岸 夜明け

 松島埠頭

 松島湾 船上より

 霧の松島湾

 牡蠣の漁場

 本塩釜港 埠頭

 瑞巌寺

秋保温泉の夜景 F=2.8 1/15秒

 青葉城より市内を望む

 青葉城 護国神社境内

護国神社 特攻隊慰霊碑
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2017 有馬記念 そして「さらばサラトガ 」寺山修司
成田山-紋章-2018-1-5

成田山-参拝する人々-2018-1-5
Pentax-LX ポジフィルムにて撮影

先日、成田山新勝寺へ新年のお参りに行った。 
その帰り、静まったバスの中で、通しで、寺山修司のラジオドラマ、「さらばサラトガ」を聴いた。44分の精神的な旅である。滅多に取れない時間である。

このCDブックを買ってから、数年が経つ。
「コメットイケヤ」が欲しかった訳であるが、「さらばサラトガ」とセットだったので、大枚をはたいて買った記憶がある。
その時まで、「さらばサラトガ」というラジオドラマは知らなかった。
そして、聴いて、私は立ち竦んだ。
ここには、競馬の周りを巡る人生模様が、限りない愛惜をもって描かれている。
私は、2017年の有馬記念レースで、生まれて初めての馬券を買った。このラジオドラマで、不世出の名馬サラトガは、有馬記念では勝てないだろうとナレーションが入る。

サラトガは、主人公の少年の父親が亡くなった日に産まれる。主人公は、片目のロンググッドバイだけを可愛がり、サラトガを放置する牧童であった。
夜の河で、ロンググッドバイの身体を洗っていると、対岸からサラトガは、その様子をじっと見ている。眼を潤ませて。

主人公は、騎手になりたかったのだが、体重が50kgを切ることは無理で、その日暮らしの都内での日々を送る。そして、飲み屋のウェイトレスと結婚し、玉突き屋の2階を住まいとして暮らし始めるが、臨月中の女は、階段から落ちて、不具の身体となってしまう。
主人公は、やる気もなく、土日に競馬場に行くのが唯一の楽しみであったが、こうなってしまい、家具から何からすべてを質屋に入れて、3万円の金を作る。そして、そのお金を持って、有馬記念、師走の中山競馬場に行く。サラトガ以外の馬に全額賭けるつもりだったが、競馬場で曳かれていく馬の中で、一頭が主人公の前で立ち止まる。サラトガだった。「サラトガは私を覚えていたのだ。その眼は、あの少年の日の河べりにいた時と同じ眼をしていた」とある。
主人公は、平手打ちを食らったように、有り金全部を、サラトガの単勝に賭ける。
そして、サラトガは勝つのだ。

ドラマは主人公が、引退するサラトガの乗る列車の後尾の車両に、女と共に乗るシーンで幕を閉じる。
「サラトガは勝った。勝ったサラトガは美しかった。私も勝利しなければ•••私にとって勝利とは何なのだろう•••」

このラジオドラマは、若い人たちにとっては、昭和の匂いが強いと感じるかもしれない。でも、機会があったら、是非、暗い寝室に横になって、iPhoneなりiPodなりで、聴いてほしいと思う
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アデンアラビアと印度放浪

奥武蔵の紅葉-2017 Taken by Pentax-LX


先日、書棚を整理していたら、昔読んだ、ポールニザンの「アデンアラビア」が出てきた。

懐かしかったので、読んだ。

しかし、これも再読だが、藤原新也の処女作、「印度放浪」を読む合間にアデンを読んだ訳である。

結果、「アデンアラビア」は貧弱であった。

何故昔、あんなに夢中になったのだろう。単純にこれらの読書の対比から言うと、それは、自分がインドに行く前で、「印度放浪」も読んでいなかったからだと思う。

アラビアとインドと場所は異なれ、主体は、旅人である。つまり、ポール ニザンと藤原新也の違いであり、それも存在の身丈の違いであろう。

私は、24歳の時に、インドひとり旅の経験がある。
印度放浪の中の村でも、自分も行った村があった。
インドに行ったのは、1981年で、ヒッピーエイジも終わろうとしている頃であったが、現在のインドは、1981年当時とは様変わりし、藤原の本の世界も、私が経験した世界も、夢の中のような存在になっている。しかし、それらは確かに実在していた。

自分は、アデンには行ったことはないが、書中から察するに、シンガポールのような所らしい。シンガポールの白人たちは、ネイティブ謂うところの、They are British more than British.というかつての英国の栄光時代そのままを地で行っている。以前、ラッフルズホテルに滞在していた時、私はもちろん、Tシャツにジーンズであったが、暑いのにもかかわらず、正装したイギリスの男女たちが、テーブルを囲んでいた。
アデンの白人世界は、They are French more than French.というところだろうか。

「アデンアラビア」は、その白人社会のブルジョワ批判に殆ど本全体を費やしている。その批判の熾烈さが青春という切り口で、もてはやされたのであろうか。

しかし、批判は、大手新聞各紙に掲載されているご意見番のコラムニストの批判を熾烈にしただけで、1970年〜80年のインドの生活の豊穣さの前では、哀れなものである。もちろん、ここで謂う豊穣さは、資本主義国の金銭的豊穣さのことではなく、インドという経済的貧しさにありながら、拝金主義とは正反対の豊かさ、人生へのオプティミズムの謂である。

インドへの旅については、私は藤原氏に自慢できるささやかなことがある。
まず、プシュカールという村で、安宿に泊まった話が「印度放浪」に出てくるが、私もその安宿に泊まり、藤原氏の部屋よりはるかに安い部屋だったことと、アジメールという街で、コジキから、チュラム(ガンジャの吸引具)を騙し取ったことであろうか。

私も、路傍の、板切れを渡しただけのチャイ屋で、1杯10円のチャイを飲んでいた。その時の私は、財布の中身は寒かったが、幸せであった。プルジョワの批判など、当然頭になんかなかった。

最後に、「印度放浪」の中で、インドの聖者について、藤原の書くところを引用しよう。
••••おそらく、最初ぼくたちの目の前にあって、彼らは、ただのコジキであり、やがて理解しがたいコジキとなり、しまいにはなんとなく魅力的なコジキとなるだろう••••
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Feb.2019
S M T W T F S
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